6102F

DSC_1744[1]
日本の地下鉄の魁となっている営団地下鉄もとい東京メトロ。
民営化のニュースは最近大阪市営地下鉄が民営化の発表があったばかりですがこちらはもう数十年も前に民営化済み。東京の旅客として始まった現:東京メトロ銀座線の浅草~上野が始まりですが民営化の末期に共にいた車両はというと置き換えの煽りを受けています。紹介した銀座線も今年の3月には引退。03系も5ドア車が東武線の渡瀬まで廃車回送が続いていますが千代田線系列も数を減らしてきています。千代田線・小田急線・常磐線を走ってきた6000系も2年前の16000系の再増備も始まり数は3編成までに減少。今年の5月には無線変更の関係もあり、ついには小田急線に入れなくなってしまい、残りは千代田・JRのみ。
その中で仕事終わり、家に帰や否や、予約をしていた夜行バスで一路東京まで。朝の目的は色々とありましたが千代田線を撮る事に目的地到着30分前に起きていつもチェックしている掲示板で何が入っているのかを確認。今日の13Sに6102F。小田急線は入らずにJRと千代田線のみの中即、撮影地に直行し何事もなかったかのように撮影を終了。(この時常磐快速線が目の前まで来ていて肝を冷やしたのはここだけの秘密)

この6102Fもかなりの長生きモノで(2017.8/5現在)3編成のうちの1編成がこの編成。初期型という事ですがいまじゃ落ちていても致し方ない編成。あと3本も増備もあと少しというところまで来ておりますが2017年度で増備終了の報が来ています。民営化世代の車両、どれもあまり古さを感じさせる事のないデザインの車の当分、変遷は止まりそうにないですね。
関連記事
スポンサーサイト

クモヤ443

DSC_1736[1] (1)
この日はクモヤ443が来るということで仕事が朝からの中、久々にお出迎え。
パッチワークの継ぎ接ぎや色褪せが酷かった当編成ですが今回も無事検査を通りました。後から知りましたがクモヤ443って編成番号が当てられていたんだということに気がつきました。それがD1編成。
混合パンタであったりスカートに編成表記がなされるなど前とは小さな違いが増えましたが撮れる機会があるならば何かと絡めて撮ってみたいですね。
関連記事

どこにでも見るようになった?

DSC_1093[1] (1)
E233系。先駆けが中央快速、青梅線の置換えから始まりまるでゾンビのような増殖率で数多ある国鉄型、JR型を置き換えてきたのはこの10年のうちに4ケタ代まで増えています。でもこれがカッコイイもので練習電で撮ってみるとあらこれがカッコイイ。6120のはるひ野駅先の前の練習電が小田急まで進出したE233はJRのみならず大手私鉄までも直通しています。6120に合わせていたのでシングルアームが串になってますが関東通勤型の代名詞になったといってもないでしょうか。

これだけの増殖率はどこかあの国鉄型の車両を思い出す気がします。どこにでも見かけるようになった当車両ですが普段の日常にしっかりと紛れ込んでいる間は練習電という見る目もあれば、興味を持てば奥が深い被写体かもしれませんね。
関連記事

護る

CSC_1577 (1)
人の手により護られる場所。
365日その足取りを止めることなく走りつづける鉄路は晴れだろうと雨だろうとその手により護られます。
関連記事

異系列の重連

DSC_1266[1] (1)
ある日のこと。近鉄の団臨があるという話が舞い降りてきました。
それはPN03+かぎろひの重連。どうやらかぎろひの重連で行っていた団臨が増結したものが今回の団臨に繋がっているようで重い腰を上げ、一路三重県の県境まで足を運びました。
さてこのPN03もかぎろひも元を辿れば12200系。強いて言うならPN03はNS17からの改造ということもありスナックカーの名称元にある車内準備室跡が残る唯一の車両ということもあり、資料性なる部分から問われるものなら昔の伝統的な部分を残す車両。両者とも改造された経緯は違えど遺伝子は残っている車両です。
到着してスタンバイしてからどうやら雲行きが怪しい。晴れ模様だったのにも関わらず、あろう事か雲が湧き出す始末にこれには焦燥。ようやく露出が元に戻った瞬間に今回の主役が登場となりました。

近鉄特急の流用である団臨専用車もいざ撮ってみると中々、魅力あるものでこれが近鉄の魅力の一つなのかもしれませんね。
関連記事